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ハリポタ通の館(やかた)

ここではハリーポッター・シリーズに関する様々な情報や私の推測(妄想?)をお届けしています。毎週、日曜・月曜・水曜・木曜更新。

実はふと気づいたらこのシリーズは一昨年つまり2013年の11月に「謎のプリンス」編をやったきりだったんですよね。本来なら去年の前半に終わっていなければなりませんでした。そんな事なので今週と来週の二週間に渡ってやって完結させたいと思います。(全3項目)

3-1.変身現代に呪文の挑戦に実践魔法薬
7月に入ってすぐの「日刊予言者新聞」の10面には、同じ年にホグワーツに入学して不死鳥の騎士団の創立時のメンバーの1人だったエルファイアス・ドージが寄稿したアルバス・ダンブルドアの追悼文が掲載されたんですよね。

アルバス・ダンブルドアは当初父親のパーシバルが3人のマグルの若者を襲ってアズカバン送りになったという芳しくない評判を背負ってホグワーツに入学して来ました。その事件が散々報道されて1年も経っていませんでした。

しかしダンブルドアの評判は入学直後には父親の悪評を凌ぐ事となりました。その学年が終わる頃にはマグル嫌いの父親の息子という見方は払拭されホグワーツ校が始まって以来の秀才という事だけで知られるようになりました。

ダンブルドアの友人だった人々は模範として見習う事ができたしダンブルドアが常に喜んでその人たちを助けたり激励してくれたりした事で恩恵を受けたのは言うまでもありませんでした。ダンブルドアは既にその頃から・・・

人を導き教える事が最大の喜びだったんだそうです。さらには学校の賞という賞を総なめにしたばかりでなくダンブルドアはまもなくその時代の有名な魔法使いたちと定期的に手紙のやり取りをするようになったのだそうです。

例えば著名な錬金術師のニコラス・フラメルに歴史家として知られるバチルダ・バグショットに魔法理論家のアドルバート・ワフリングなんだそうです。そしてダンブルドアの幾つかの論文が学術出版物で採り上げられて・・・

それが「変身現代」に「呪文の挑戦」と「実践魔法薬」だったとの事でした。

3-2.卒業世界旅行
ダンブルドアと共にホグワーツを卒業した時。エルファイアス・ドージはその頃の伝統だった卒業世界旅行に一緒に出かける予定だったんだそうです。海外の魔法使いを訪ねて見聞を広める。その後にそれぞれの人生を歩み出す。

ところが悲劇が起こりました。旅行前夜に母親のケンドラが亡くなってダンブルドアは家長兼家族唯一の稼ぎ手となってしまったのです。エルファイアス・ドージも出発を延ばし葬儀に出席して礼を尽くしました。そして・・・

一人旅になってしまった世界旅行に出かけました。それから暫くはダンブルドアとエルファイアス・ドージは2人の人生の中では最も接触の少ない時期になりました。エルファイアス・ドージはダンブルドアに手紙を書きました。

今考えればエルファイアス・ドージは無神経にもギリシャで危うくキメラから逃れた事からエジプトの錬金術師の実験に至るまで旅先での驚くべき出来事を書いて送りました。一方ダンブルドアから送られて来た手紙には・・・

日常的な事はほとんど書かれていませんでした。あれほどの秀才の事なので毎日が味気なく焦燥感に駆られていたのではないかとそうエルファイアス・ドージは推察していたのだそうです。旅の体験にどっぷりと浸かって・・・

まもなく1年が過ぎ旅の終わり近くになってエルファイアス・ドージはダンブルドア一家をまたもや悲劇が襲ったという報せを聞いて驚愕したのだそうです。それはダンブルドアの妹アリアナの死だったというわけなんですよね。

アリアナは長く病弱でした。だからその死はいずれ近い内に来るものだったのかもしれない。とはいえ母親に続くこの痛手はダンブルドアとその弟のアバーフォースに深刻な影響を与えたんだそうです。近い者は誰もが皆・・・

エルファイアス・ドージもまたその1人だったのですがダンブルドアに一生消えない傷痕を残したという一致した見方をしたのだそうです。帰国後に会ったダンブルドアは年齢以上の辛酸を舐めた人間になっていたんだそうです。

3-3.アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘
暫く考えに耽った後ハリーは「日刊予言者新聞」に掲載されたエルファイアス・ドージによるダンブルドアの追悼文を破り取りきちんと畳んで「実践的防衛術と闇の魔術に対するその使用法」の第1巻の中に挟み込んだのでした。

それから今朝届いてベッドの上に置きっぱなしにしていた予言者新聞を広げました。すると一面の下半分を占める記事に悩ましげな表情のダンブルドアが大股で歩いている写真があり上には小さめの見出しがつけられていました。

それこそがリータ・スキーターによるダンブルドアの伝記小説「アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘」の宣伝広告だったのです。さらに13面にはリータ・スキーターのインタビュー記事が載せられていました。

そのインタビュー記事でハリーが注目したのは「ポッター=ダンブルドアの関係の全ては1章を丸々割いた。不健全でむしろ忌まわしい関係だと言われてた」という事と「ダンブルドア自身が若い頃は闇の魔術に手を出していた」

さらにリータ・スキーターは「大方のジャーナリストが杖を差し出してでも入手したいと思う情報源が1つある」という事でした。実はハリーはその情報源こそが歴史家のバチルダ・バグショットだという事を後に知ったのです。

ロンがビルとフラーの新居「貝殻の家」に身を寄せハリーとハーマイオニーが2人だけでヴォルデモートの分霊箱を探す旅をしていた時の事でした。ハーマイオニーは分霊箱を破壊する事ができるグリフィンドールの剣が・・・

ゴドリックの谷に住むバチルダ・バグショットの元に預けられているのでは?と考えました。しかし残念ながらそれは間違っていました。そしてあろう事がハリーは柊の木の杖を折って失ってしまうという痛手を負ったのでした。

バチルダの家を脱出したその後にハーマイオニーはおずおずとハリーの膝に本を押しつけました。それは真新しい「アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘」でした。居間に置いてあったのを見つけたんだそうです。

その本には衝撃の事実が掲載されていました。昔ダンブルドアが倒した闇の魔法使いゲラート・グリンデルバルド。ハリーはホグワーツに入学するその日に蛙チョコレートの最初に手にした魔法使いカードでその事を知りました。

そのゲラート・グリンデルバルドとアルバス・ダンブルドアが何と友人関係だったというのです。バチルダ・バグショットは「同じ年頃の男の友人がいない」という事でゲラート・グリンデルバルドをダンブルドアに紹介した。

すると2人はたちまち意気投合したのだそうです。才気溢れる2人の若者はまるで火にかけた大鍋のように相性がよかった。一日中議論をしたその後にダンブルドアからグリンデルバルド宛てに手紙が届くほどだったんだそうです。

そんな2人の熱い友情も妹のアリアナの死を境にして途絶えてしまったそうです。父親のパーシバルは何故マグルの若者を襲ってアズカバンで死んだのか?何故母親のケンドラは死んでしまったのか?それらの事の理由は・・・

全て妹のアリアナに起因する事だったのです。ハリーたち3人はそれら一連の事を弟のアバーフォースから聞く事になったんですよね。

今日の最後に
ハリーは「日刊予言者新聞」に掲載されたエルファイアス・ドージによるダンブルドアの追悼文を破り取って「実践的防衛術と闇の魔術に対するその使用法」という本の第1巻に挟み込んで保存しています。実はこの本は・・・

ハリーが5年生の時にシリウスとルーピンの2人がクリスマス・プレゼントに贈ってくれたんですよね。さしずめルーピンがこの本を選んでシリウスがお金を出したという所なのでは?と私はそう思います。今にして思えば・・・

私が思うにはルーピンはもちろん1年と限らずに翌年度以降も「闇の魔術に対する防衛術」の教師を続けたいと思っていた。その時ルーピンは「この本」を使おうと思っていたんじゃないかとそう思いますね。したがって・・・

それができなかったのでハリーを通じて教えさせようとした。そんな所だったんじゃないかな?と私はそう思いますね。

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