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ローリングさんは第1巻賢者の石ではありませんでしたが、ハリーが「闇の魔術に対する防衛術」の先生の部屋に行く場面を作るよう心がけているような気がします。アズカバンの囚人でもそんな場面が出て来ています。(201ページ、携帯版219ページから)ここは私が大変気に入っているところで今まで何回も何回も繰り返し読み返したページです。

以前の記事でリーマス・ルーピンは『優秀な開心術士』だと発表しましたが、それを念頭に置いて読み返すと大変楽しく読むことができます。

ローリングさんもそういったことを意識して、わざわざハリーが頭に思い浮かべただけで口に出して言わなかったことまで書き込んでいます。

ハリーはマグノリア・クレセント通りで見かけた犬のことを、ルーピンに打ち明けようかと思ったが、思い止まった。(202ページ、携帯版221ページ)

ルーピン先生がハリーに「お茶の葉はうんざりだろう」「マクゴナガル先生が教えてくれた」という言葉も今一度改めて読み返してみると実に意味深ですよね。どうやって?教えてもらったのか?当然ほとんどの読者は「マクゴナガル先生の口から直接聞いたんだろう」と思っているのでしょうが、私はおそらくルーピン先生はマクゴナガル先生の心を開いて知ったんだと思います。「ルーピンの目がキラキラ輝いていた」というのがカギだと私は見ています。

そこへドアをノックして入って来たのは例の「満月の前1週間飲みさえすれば自分の心を保つことができる」という薬を持ったスネイプでした。(456ページ、携帯版511ページ参照)

この場面で大変興味深いのは学期の最初の日にルーピン先生が生徒たちに紹介されていた時やルーピン先生の代理でハリーたちに教えた際には、あれほどルーピンに対する敵意や嫌悪感をあからさまにしていたのに、何故かここでは感情を表に出さないスネイプの姿です。2人に背を向けず後ずさりして部屋を出ていきました。(123・222ページ、携帯版133・243ページ参照)

私はおそらく『優秀な閉心術士』であるスネイプはルーピンがやはり『優秀な開心術士』であることを知っている・気づいていると思います。ルーピンは余裕を持って朗(ほが)らかにスネイプと接しているのに対して、この場面でのスネイプは感情を押し殺して接しているという印象を私は受けます。

ルーピンがスネイプのことを「セブルス」と名前で呼んでいるのに対して、スネイプのほうは「ルーピン」と苗字で呼んでいるあたりや後ずさりして部屋を出て行ったのも「油断すると、心の内を見透かされてしまう」といった思いから来る「心の余裕」の差がそうさせているのでいるのではないか?と私は思います。
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