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先頃発売日直後に取り上げたんですが5作品中後半の2作品を取り上げることができなかったので本日やりたいと思います。最後の「三人兄弟の物語」は既に第7巻「死の秘宝」でお馴染みですがダンブルドアの解説文では「あの杖」の血塗られた歴史の詳細が紹介されています。(全4項目)

4-1.バビティ兎ちゃんとペチャクチャ切り株
この物語に登場している愚かな王様は魔法を恐れしかしその一方では魔法に憧れたので魔女狩り隊を結成すると同時に魔法を我が物にしようと指南役を求めたのでした。

けれども魔法に関しては全く無知だったため杖を振って呪文を唱えればいいと信じ込み、そのためにまんまとペテン師に騙されたというわけです。

そして魔法に無知であったが故にバビティに言われたことも全て鵜呑みにしてしまい「半分に切られたぐらいでは魔女や魔法使いは死なない」とか・・・

「魔女を半分に切った罰で、この王国に恐ろしい呪いを解き放した」等のバビティの言葉もまた信じ込んでしまったので・・・

この国の魔女や魔法使いはバビティ婆さんのお陰で迫害を受けることはなくなったというわけなんですよね。

4-2.死生観と「動物もどき」
この「バビティ兎ちゃんとペチャクチャ切り株」で大きくクローズアップされているのが人や動物の生死に関する問題と「動物もどき」のことですよね。

●死生観
魔法界の子供たちは「この物語」を通じて死者を呼び戻すことは魔法でもできないということを知るのだそうです。

つまり「このお話」を聞くまでは死んだネズミや猫も両親が杖の一振りで眠りから覚ましてくれるものと信じ切っているのだそうです。

ビードルが物語を書いてから約600年の年月が経ちましたが愛する者が存在し続けているかのように錯覚させる方法は数多く考え出されたそうですが・・・

一度死んだ者の肉体と魂を再び結びつける方法については魔法界ですら未だ見出していないそうです。著名なる魔法界の哲学者バートランド・デ・ポンセ・プロフォンデスが・・・

「自然死についての形而上ならびに形而下の影響を覆す可能性の研究―特に物質と精神との再結合に関して」という長い題名の本を書いたそうですが、ダンブルドア曰く。

「いい加減諦めろ。そんなことは無理」

●動物もどき
次に「この物語」は文学に「動物もどき」が登場する最も初期の作品の1つなんだそうです。洗濯女のバビティは意のままに動物(この人の場合はウサギ)に変身するという稀な魔法力を持っていました。

ここでは「あの」マクゴナガル先生がどうして「動物もどき」になったのか?の理由が明らかにされていますよね。私が7巻発売前にできることなら知りたいと思っていた謎の1つでした。

マクゴナガル先生が「動物もどき」になったのは変身術の分野における幅広い研究の結果だったとのことです。つまりは変身術を極める過程で最後にたどり着いたのが「トラ猫」に変身するということだった。

と!いうことのようですね。

ここでは「もう1つ」動物もどきに関する新事実が明らかにされていますね。魔法使いまたは魔女は動物の形態を取っている間は人間の言語能力を保持することはできない。つまりしゃべることはできないのだそうです。

しかし人間としての考えや論理能力はそのままなんだそうです。確かに第1巻「賢者の石」の冒頭章でマクゴナガル先生は「トラ猫」の姿のままダーズリー一家を監視・観察していましたし・・・

第4巻「炎のゴブレッド」で登場したリータ・スキーターもまた変身した姿のまま取材活動をしていたことからも、それは明らかですよね。

4-3.三人兄弟の物語
さて!「この物語」については第7巻「死の秘宝」の第21章でハーマイオニーが朗読しているので既にお馴染みとなっています。

今回「ビードルの物語」が出版されることが決まって私が注目したのは7巻で紹介された「この物語」はハリポタ本編で紹介されたものと寸分違わぬものなのか?それとも・・・

新たな文言が書き加えられて長くなったりしているのか?ということでしたが、どうやら新たな文章の追加もなく「そのまんま」のようですね。

と!いうわけなので物語の内容の説明は省きまして「次の項目」へと移りたいと思います。

4-4.改めて「死の秘宝」について
「この物語」の解説文でダンブルドアは前の「バビティ兎ちゃん」に続いて死を回避しようなどという努力は結局は失望に帰すものだと繰り返し強調していますね。

さらにダンブルドアは「この物語」は我々ができることはせいぜい次に死に出会う機会をできるだけ先延ばしにすることぐらいしかできないと教えているのに・・・

真の信奉者と称する者たちは「この物語」とは著しく矛盾する伝説を信じ主張しているとも言っていますね。すなわち3人の兄弟が「死」から貰ったとされる3つの品物の正当な所有者となれば・・・

その人物は『死を制する者』つまり不敗で不死身の身にさえなれると信じていると言っていますね。加えてダンブルドアは親切に解釈すれば希望は永遠に人間の胸に湧くと言いつつも・・・

3つの品物の内の「2つ」は非常に危険な品であるという事実をビードルが物語っているのにも関わらず魔法界にはビードルの「この物語」を拡大解釈して叶わぬ夢を抱いている輩がいると言っていますね。

●「死の秘宝」の所在について
ダンブルドアは真の信奉者と称する者たちは3人の兄弟が「死」から貰ったという品物は現存すると主張しているが、そもそも「その内の2つ」については発見したと宣言する者などいないではないかと言っていますね。

そしてダンブルドアはその者たちが「透明マント」と「蘇りの石」が発見されないのは所有者の子孫が品物の由緒来歴を知らなかったり・・・

あるいは知っているからこそ所有していることを吹聴したりしない。先祖の英知を固く守っているから歴史の表舞台には現れないのだと主張していると言っていますね。

唯一「杖」に関してだけは自らの栄光のためか?はたまた仮想の攻撃者たちを脅かすためか?通常の杖より強力な杖を所持していると主張する魔法使いは存在しました。

その中でも極端な者は自分の杖が「ニワトコ」材でできているとまで主張したんだそうです。そうした杖は「宿命の杖」「死の杖」など様々な名前で呼ばれたのだそうです。

しかしダンブルドアは持ち主の魔法使いたちが「その杖」を不敗の杖と主張しているが多くの持ち主の手に渡ったという事実は「その杖」が何百回となく敗北したことを示しているではないかと言っていますね。

したがってダンブルドアは不敗の杖など存在しないと結論付けているというわけなんですよね。

今日の最後に
「物語を始める前に」の中でローリングさんはダンブルドアのメモについて本書の最後の一編についてはダンブルドアが自分の知っていることの全てを書き表してはいないと言っていますね。

つまり魔法界の近年の戦いの歴史に詳しい人・・・例えばハリーポッター・シリーズを全巻読んだ人はダンブルドアが「何を伏せたのか?」は十二分に理解しているであろうとのことです。

伏せた理由はもちろんダンブルドアお気に入りの「あの生徒」に対して真実について語った言葉に特別な意味を含ませるためだったというわけです。
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